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感情を封印した中での家族の葬儀

家族の葬儀を執り行う時、立場の違いや考え方の違いで、家族間でも大きな壁ができてしまう事があります。

多くの葬儀を承る中で、葬儀の形がどのようなものであれば自分も周りも納得できるのか、妥協点を見出すために、時間ぎりぎりまで悩みあぐねておられる喪主様がいらっしゃいます。
また反対に、喪主様の主張を前面に出し、強引に進められていく葬儀もあります。

このお話は「他人を送り出したような心境の葬儀だった」と、身近な方が経験し語ってくれたもので、「葬儀は誰のために行うのか」を問い、葬儀を行う意味を考えさせられる内容のものでした。

それは・・・
子供たち兄弟は小さい頃から、父が亡くなるまでずっと、父の道楽と見栄による借金に悩まされ、問題が発覚し泣きつかれる度に尻拭いをし、この度重なる父の無心が原因で、兄弟間で険悪な状態になった事もありました。

あまりの身勝手さに親戚からも愛想をつかされた父が、母と死別後、再婚をしてからは父とは全くと言っていいほど会うこともなく、再婚相手となった義母とひんぱんにやり取りを始めたのは、皮肉な事に、父に病気が発覚し状況を伝えられた時からでした。
葬儀の事を心配する義母へは、最後を看取る義母への気遣いはあるものの、父親の生きざまと、父の今の状況を思う時、分相応な形がふさわしいと、自宅あるいは小さな葬儀が行える式場で、子供たち家族と義母だけでのひっそりとした葬儀と決め、亡くなる数日前にその旨を伝えました。

ところが、いざその時なって訃報を聞いた子供たちが、遠く離れた父の家に駆けつけるまでに、伝えていた葬儀とはかけ離れた形で準備が進められていたのです。
葬儀の式場に足を踏みいれた時、思いもしなかった立派な祭壇の飾りつけに驚き、続々と訪れる父と義母の友人、知人の前で、当然のように段取りをしていく義母に怒りと違和感を感じながらも、もう後戻りできないその状況を子供たちは受け入れるしかなかったのです。

そして、粛々と葬儀が進行し、子供たちには知らされる事もなく、打ち合わせすらないまま、突然父のことを語りだしたナレーションは、家族を支えいつも温かく見守る父親で、家族の為に一生懸命働き生きてきた父親で、延々と語られるその言葉が、一気に子供たちの心を冷めた気持ちへと変えてしまったのです。
言葉に出さなくとも仏になった父を素直に受け入れ、自分なりの別れをしていた子供たちであったのに、余りにも現実とはかけ離れたナレーションが、気持ちを逆なでするかのように心を乾かし、空々しいものにしたのです。

義母と争う事を避けた子供たちは思いました。
この葬儀は、夫亡き後もその土地で生き続けていく義母が、世間の目を気にし、子供たちの気持ちを尊重することなく、自己満足のために行われた葬儀であった、と。

葬儀は、家族のさまざまな想いの中で進められていきます。
私どもは、故人に対して家族が同じ想いの中で行われる葬儀もあれば、そうでない葬儀もあることを知っています。
それ故に、「誰もが心静かな気持ちで送り出すことができる」そんな葬儀であることを願わずにはいられません。

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