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最近では葬儀に関する様々な事がオープンに語られる様になり、葬儀にかかる費用を明瞭に表示する葬儀社が増えてきました。この状況は、お客様が葬儀の情報を得やすく、また葬儀社を選ぶ選択肢も広がり、とてもよい傾向だと思います。ただ、細かい内容となりますと、実際に葬儀が発生し、経験して初めて知る事が多いようです。
その一つが、出棺前にお棺の故人に手向ける「お別れ花」。先日もこんな話を聞きました。「親戚のお葬式で、最後のお別れに1本ずつ手渡された花は、ほとんどの花が既にその為に用意され切られていた花"切り花"。別の葬儀に参列した時は、祭壇の花や、お供えした花を惜しみなくその場で切って渡してくれたのに...どうしてこんなに違うの?」と。
今まで幾度か同じ様な話を聞いた事はありますが"おかしい"と思われる方と、"そのようなもの"と何の疑いもなく済まされる方と、どちらもいらっしゃいました。"おかしい"と思われる方は、「祭壇の花に造花が入っているの?それとも再利用する為?」とあれこれ憶測されるので、同じ葬儀社として複雑な心境になりました。
お客様が納得の上であるのなら、それはそれでそういう方法もあるのかと思いますが...ひとつ言えますのは、お客様が葬儀社との打合せで提示された葬儀費用と、その内容が伴ったものであるのかどうかを冷静に見極め、疑問を感じたら遠慮なく訊ねるべきなのです。でも、実際は状況が状況だけに、冷静な判断は難しく「"何が正しいのか"その基準もわからない」が、現状だと思います。
ちなみに私ども「もり葬祭」では、一貫して全て生花を使用し、式次第をご案内する時には必ず「祭壇に飾り付けられた花や、献上花(お供え頂いた花)は、最後のお別れの時、全部切ってよろしいですか。」と、訊ねます。これは、どのスタッフも、花は全てご当家の為に使い切る花と認識し「お棺にお入れする為の花」と、心得ているからです。お棺に入りきれずに残った花があれば、ご当家がお供え用に家に持ち帰られる場合もあります。その上で、残った花があれば私どもで処分するのです。
葬儀社を選ぶにあたって、どういう理念の会社なのか知っておく事も必要なのではないでしょうか。
私たち夫婦にとって思い出深い葬儀があります。
5年ほど前の事です。
主人が親しくお付き合いをしていたお友達は、ご自身で店を経営し、またマスターでもありました。
そのお友達は、とてもとても矢沢永吉が好きで、熱狂的なファンでもありました。コンサートにも欠かさず行かれ、お店の中も「永ちゃん」そのもので、お店の中でマイクを持つお客さんの歌もほとんどが、「永ちゃん」の歌だったそうです。
そんな明るく多くの方々に慕われていたお友達が、ある日突然、亡くなったと主人の元にご家族から電話が入ったのです。
仕事柄、一報を告げるご家族とのやりとりは慣れてはいるはずなのに、最初誰の事をいっているのかわからない状況で、忙しさ故なかなか会えないままでの突然の訃報にショックを隠しきれない様子でした。
主人は、友人でありながら葬儀社という立場で会わなければならず、複雑な心境だったと思います。
最後のお別れとなる葬儀の形は、ご家族の理解のもと、故人の生前の希望も取り入れ、その生き方に相応しい葬儀告別式となりました。
故人を知らない方でも、この方は「永ちゃん」が好きで、その音楽がとても好きで...と人柄をわかっていただける様な葬儀でした。
みなさんにいいお葬式だったと喜んでいただき、きっとお友達も満足してくれたのではないかと思います。
こんなとき、素直に、本当に葬儀に携わる仕事でよかったと思います。
ここ数年、多くの著名人のお葬式で目にする生花だけで作られた花祭壇は、ひと昔前の花祭壇は高いと言うイメージが払拭され、希望されるお客様が増えてきました。これは花業者の努力、協力で安く提供できるようになった事と、既存の葬儀価格に疑念を感じた葬儀社が独自の価格を打ち立て実行している事が大きな要因と言えます。
故人の好きな花を取り入れたオリジナルな花祭壇はとても個性があり、花の美しさと何ともいえない人を惹きつけるよい香りとで「お花に囲まれて・・」と、思われるのは納得です。
でも私は、和の祭壇である彫刻や細かい細工が施された白木の祭壇もとても好きです。白木の祭壇が存在する事で感じる神聖で厳粛な威厳のある雰囲気は寺院の様でもあり、そこに横たわる故人がとても神々しく思えます。
「周りをお花で、でも必ず白木の祭壇を...」と強いこだわりで望まれる方もたくさんいらっしゃいます。
それは、白木の祭壇にアレンジされた花が飾られた時、ピーンと張り詰めた美しさが何とも言えない重みを感じるからでしょうか。
葬儀社が白木祭壇を維持、管理するのはとても手間のかかる事です。常に手垢や汚れに細心の注意を払い、細かい彫刻部分の手入れや修理も必要です。
そして、白木祭壇を収納する様々な形の数多くの大きな木箱(段飾りのお雛様を納める為の数多い箱を想像して下さい)を管理する大きな倉庫も必要です。
最近では、白木祭壇を自社で持たない葬儀社もとても増え、中には白木祭壇は何度も使う祭壇、と白木祭壇自体を否定する葬儀社もいます。
けれども、祭壇には仏様となられた多くの方の想いが宿り、白木祭壇の持ち味である手の込んだ芸術的な細工はそれ自体が価値あるものと言えるでしょう。
どちらにしましても、どの祭壇に決めるかはお客様自身であり、私達葬儀社はお客様のご要望にしっかりお答えする事が大切なのだと思います。
葬儀に携わる者として、時、場所に関係なくどのような祭壇であっても、祭壇の側では何ともも言えない澄んだ空気を感じるのは不思議です。
お見積もり、打ち合わせはお客様にとっても、私ども葬儀社にとっても、大変重要で大切な事です。
最初の段階でしっかり話を伺い、お客様が「何を望まれ何に価値をおかれているのか」知っておく必要があります。
そして、これらの話を進め、最終の決定を下すのは当家の代表である"喪主様"であると考えております。
ところが、時には話が進まず、いたずらに時間だけが過ぎて、どうしたものかと頭を痛める事もあります。
多分にその理由が、ご家族以外の周りの方(特に親戚の方)のさまざまな要望や、"葬儀はこういうものだ"と強い固定観念をお持ちになり、決して譲ろうとはしない方がいらっしゃる場合です。
今の時代は、人により価値観も違い、葬儀の形、規模、かける費用などは人それぞれでいらっしゃいます。
数年前の事ですが、お母様を喪い、一年程でお父様も亡くされた三人のご兄弟の葬儀を承った事がありました。
お母様の時は一般的な葬儀の形で執り行いました。
そして、この度のお父様の葬儀で初めて喪主となる20代になったばかりのご長男様は「父の葬儀も母の時と同様に」と、希望されました。
ところが、親戚であるおじ様(お父様の弟)が「今回の葬儀は、父親なのだから母親の時より費用をかけてやってほしい」と強くおっしゃられ、ご兄弟はとても困惑されました。
結局、おじ様が帰られた後、ご兄弟だけでの話しを伺うと「母のお葬式の時には既に父の余命はわかっていた」「両親が残してくれたお金は大事にし、できるだけ残しておきたい」などの話を聞く事ができました。
私どもでも、お父様はご自身の葬儀で子供達がお金を使われる事を望んでいないと理解し、再度ご縁を頂いた事も踏まえて、お母様と同じ葬儀費用でありながら、内容において精一杯のサービスをさせていただく事に致しました。
改めて思いますのが、この様な場に於いては、回りの方の助言はもちろん大切で、近い親族であればある程気持ちが入るのも当然だと言えます。
ですが、反面家族でしかわからない諸事情やお考えがあるのも事実です。
一致した意見であれば問題はないのですが、そうでない場合は、できるだけ残されたご家族の気持ちを尊重したいものです。
ご相談にみえる方はたくさんいらっしゃいますが、"家族"や"親族"の事での相談がほとんどです。でも、稀に"自分の事で"と、訪ねて来られる方もいらっしゃいます。
時間が限られた状況で、ご自身の事で相談にみえられる方は、どなた様も戦争を経験されている様な年齢で、とにかく気丈でいらっしゃいます。
去年の終わり、お年を召されたご夫婦が訪ねて来られました。
お見受けした限りご主人は矍鑠(かくしゃく)とされ、奥様もそっとご主人に寄り添われていました。
葬儀の話になって、ご主人が、淡々(たんたん)と場所、予算、式の形など、冷静に具体的にお話されましたので、まさかご自身の事だとは思いもしませんでした。
自分の事だと言われ、近々自宅療養から病院療養に変わられるとお話された時には、返す言葉もみつからず、どの様な言葉をおかけしても虚しく思えて、ただうなずくしかありませんでした。
ご自分の体の状態を知ってからは、私達には想像もできないようなご夫婦の心の葛藤があったでしょうが、お二人ともおくびにも出されず、死を受け入れられている気丈な精神力には、本当に頭の下がる思いでした。
ご自分の意思で私どもを選んでくださり、「とにかく頼んだから。これで安心や」と言われて帰られました。とにかく、一日でも長く、寄り添われていた奥様の為にも、少しでも長く生きていただきたいです。
そして「もしも」の時は、お約束通り、しっかりお見送りさせて頂きますので、何の心配もなさらず、病気によって少しでも苦しむ事や痛む事がないように、と念じるだけでした。
私なら、ご本人様の様に、奥様の様にはとてもとてもできません...きっと
2009年1月の所に、これまでの記事をまとめてあります。
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