ブログTOP » 2009年1月のブログ記事一覧

葬儀社の妻の声ブログ 2009年1月のブログ記事一覧

テレビのニュース取材を受けて

「テレビに出ていた葬儀社さんですよね。実は・・・」
「お宅のような葬儀をしてくれる所を探していたんです。」
「○○市に住んでいるのですが、来てくれますか?」
「テレビ局で、お宅の電話番号を教えてもらいました。」等々。

ニュース番組の終了と同時に電話が鳴り、今現在もたくさんの方からお電話をいただいておりますが、正直、テレビ出演の影響がこんなにあるとは思っていませんでしたので、反響の大きさに驚いております。
問合せやご相談内容を伺い"どれだけ多くの方が葬儀社選びに苦慮しているか"と言う事を再認識し、その中でも特に状況的にも時間に余裕のないお客様にとっては"理想の葬儀社"を探し当てるまでの不安や悩みは相当に大きいものと感じとれました。

「以前、身内の不幸時には次から次と追加で、精算時に300万円かかっている事がわかり、とにかく高かったので・・・」と、お話されたお客様には「依頼した葬儀社とはどのような打ち合わせをされて、見積もりはどのように決めていったのですか」と質問させていただき、口に出された葬儀社の名前を聞いて「また、あの葬儀社・・・」と怒りがこみ上げてきました。

また、別のお客様は"葬儀社が持つ葬儀会館で執り行った家族の葬儀で"とお話してくださいました。
本来供花は、お供えいただく方の申し込みがあって初めてお供えさせていただくものなのですが、その葬儀社は飾りつけの最中に「供花は、これぐらいはあがるはずですから、名札の名前は決まり次第と言うことで飾っておきますよ」と声をかけて来られたそうです。
その方は "何だかお供えを押し売りしているみたいでイヤだなあ"と思いつつ"そういうものか"と思われ了承された、と言うのです。
でも、思っていた程に供花はあがらず、結果残ってしまった数多くの供花はというと「切って用意した花ですので、残り全部買い取ってもらわなければ困りますよ」との強制的とも言える葬儀社の言葉で、10万円以上を自らで支払い、買い取るはめになったそうです。

いろんな方の経験談を伺い、「いい葬儀社」「心ある葬儀社」とめぐり会う為には、お客様が葬儀社に対して正確で確実な情報をできるだけ多く持たれる事だと、強く感じました。

放送後、お会いする人達が「見ましたよ」「森さんらしい」「良かったですよ」などと、声を掛けてくださり、気恥ずかしさと嬉しい気持ちで「ありがとうございます」と言う言葉でお答えするばかりなのですが、「テレビ取材はどのように頼んだら来てもらえるの?それとも何かのコネ?」と聞かれる事も度々です。
でも、答えは「とんでもない!!!」

取材の申込みがあった時に、たまたま私が電話を受け、むしろ必要以上に警戒し、即答で返事をさしあげなかったのは、私どもの方だったのです。
と申しますのは、以前から新聞、雑誌などを含めそのような関係各社から度々「この度、葬儀に関する企画を組むに当たって御社で・・・」「有名人との対談で・・・」などと電話があり、じっくり話しを伺うと、私どもが料金を支払って成り立つというお話ばかりでした。
私どもにしてみれば、本当に口コミで、あるいは評判を聞いて「ぜひ取材を」と言うものであれば、とても光栄で有難いお話なのですが、この様な形での広告・宣伝には関心がありませんでしたので、全てお断りしていたのです。

で、今回も同じ類の取材依頼と思ってしまい、「そのような形での取材は全てお断りしております」と申し上げますと、一瞬間が開き、その後すぐ、「純粋な報道番組です!」と強くハッキリおっしゃられ、"今回は何かが違う"と、理解した次第なのです。
とは言うものの、主人に報告した上での返事となりますので、「こちらから後ほど連絡させていただきます」と、まだその段でものんびりとお応えしている状況で、今思うと即答すべきありがたいお話だったのです。
でも事は進行形で、その後すぐテレビ局から「見てください」と言われていた "企画書"が送られてきて内容を確認する事となり、やっと「事の大きさ」を実感したのです。
テレビ局側から再度の依頼の電話をいただいた時が、帰社したばかりの主人がその企画書に目を通している時で、電話にでた主人は即答「光栄な事です。お引き受けいたします。」でした。

テレビ放送前と放送後の違いは、何よりも全く私どもをご存知でなかったお客様までもが、「もしもの時には "もり葬祭"に必ず頼みますから。」「もうお宅に決めていますので、その時は宜しくお願いします」など、何の不安も迷いもなく全面的に私どもを信頼してくださり、最後には「ホッとした」と言う言葉をいただく事です。
正しいと思う事を、確実に実行してきた事が大きなうねりになり、結果このようなたくさんのご縁をいただくようになった事を心から感謝し、これからも決して驕る事無く、進むべき道を見誤る事無く、今まで以上にお客様に喜んでいただける葬儀社に成長してまいりたいと思っております。

本当にないの?追加料金

一人の主婦として私は、多くの主婦と同様に、何かのサービス(技術的な事も含めて)を受けるとき、「○○○円」「これポッキリ」と表現されていると「ああ、そうなのだ」と安心するのですが、「○○○円から」とか、「ご希望により」、「追加料金をいただく事もあります」などと表現されると、不安になり「では、結局いったいどれぐらいかかるのですか?」と尋ねてしまう事があります。
ですから、もし私が葬儀社の妻でなかったら、間違いなく葬儀の事前相談で、再度見積もり時に「で、追加料金はあるのですか?あるとすればどんな事で?どれぐらいの金額?」と尋ねるでしょう。

葬儀社側から見れば、自社でうたっている企画が、他社と比較した時に少しでもお安く、少しでも内容いっぱいに見えるように表現したいのが本音でしょう。
葬儀の規模や形によるものの、あらゆる状況を想定し、誰もが必要とする内容をプラン内に含めている葬儀社もあれば、ひとつの状況だけで想定され作られたプランのために「追加料金がたくさん必要」と思える葬儀社のプランもあります。

では、考えられる追加料金とは?
事前の問い合せをされる場合、きっとお役に立つのではないかと思いますので、どうぞ参考になさってください。

意外とわかりづらいのがドライアイス。○○キロと表現されていてもそれが荼毘に付されるまで追加せずにすむのかどうか。
ですから、"何キロ"ではなく"何日分"なのかお尋ねください。通夜、式当日の2日分が含まれていれば追加料金は"なし"と言えます。
但し、3日以上となれば3日目から"1日あたり○○○円"でとなるでしょう。
でも場合により、サービスしてくださる葬儀社もあります。

次に、多くの方がご存知ないのが、故人搬送用の寝台車・霊柩車。これは使用回数で追加料金が変わってきます。
斎場内の式場で葬儀を行う場合、確かに火葬場がすぐ側にありますので霊柩車は必要ありません。ところが、病院から寝台車で一度ご自宅へ戻られたり、あるいは霊安室で安置された場合、そこから式場へ向かう式場入りのための車が必要となります。
ですから、寝台車と式場入りの為の車、つまり2回分が搬送用としてプラン内に含まれていなければ、追加料金は必要と言えます。
けれども、葬儀社により"式場入りの搬送車"はサービス、と言う所もありますのでお尋ねになるとよいでしょう。
そして、斎場以外での式場では、火葬場までの霊柩車が必要です。

供養、料理に関しましては、プラン内に含めているかどうかは葬儀社により異なります。
それによって追加料金が違ってきます。
私どももこれらに関してはプランに含めるかどうかかなり議論が交わされ、結果、「お客様によって好みや価格の違いがはっきりしているもの」という事でお客様の選択にお任せする事となり、現段階でのプランではこれらは含まれず追加料金となります(ですが、現在お客様のご要望にお答えできる形での新たなプランとして検討中です)

※このたびの新しいホームページで、「供養や料理が含まれたプラン」のご案内ができるようになりました。

ただ、供養・料理が含まれている場合にお気をつけいただきたいのが、供養が残った場合に返品は可能かどうか。
そして、反対に思っていた以上に弔問者・会葬者が参列してくださった場合、追加が必要となり、葬儀社から指定された供養で費用的に負担がかからないかどうかです。
最近は、お香典を辞退される当家も増え、供養は価格を抑えた商品でお選びになる場合も多いですので、少し頭におかれる事をお勧めします。

また、お料理に関してはどの葬儀社に於いても返品はきかないと言えます。
供養同様に、葬儀社から指定されたお膳で個数追加があった場合も想定され、後になって"違うお膳にすればよかった"という事のないように。
でも、プラン内の数がお客様のケースにぴったりの場合は、そのような心配はいらないです。

そして、追加料金の料金と言うには御幣がありますが、葬儀社によってかなり開きのある寸志(またはチップ、志)に関してです。
本来寸志は、当家がお気持ちを形に表したものですので「渡す、渡さない」も、その金額も当家が決められるものですが、葬儀社側が"この金額"と決めて、お客様も従わざるを得ない況での"寸志"もあるようです。
規模の小さなお葬式で、価格を抑えたいお葬式であればあるほど、寸志は大きな負担となります。

過去、葬儀社もお客様も、お気持ちの中で"寸志を用意するのが普通で当たり前"と言う時代もありました。ですが、今は、私どものように、「お気持ちはとてもありがたいのですが、施行に於いてかかるものは全て料金としていただいておりますので、どうぞお気遣いなさらずに・・・」と明言する、寸志廃止の葬儀社も増えてきています。
実際、私どもでは、そのような考えに納得され受け入れられているお客様ばかりです。

もうひとつ気になりますのが、事前見積もり時には教えられず、精算時に突然提示される「諸経費」「諸雑費」。私どもでは、これが何を意味するのかわからないのですが、明細もないまま「○万円」と請求する葬儀社もあるようです。
どうぞ、「寸志廃止」「諸雑費、諸経費の有無」が明示されていない葬儀社には、"寸志は必要ですか""精算時、諸雑費や諸経費が請求されるのですか"とお尋ねになってください。
そして、その回答でご判断ください。

少しはお役に立てましたでしょうか?

プランに見合った内容とサービスで、このまま追加料金がなければ、お客様が頭をかかえる事も悩む事もなく、きっと「安心で納得の葬儀」になるでしょう・・・
現実は、天候が悪ければ、会葬者の為のテントが必要に、冬の寒い時には暖房機器具も、また親族、会葬者が増えれば料理が、供養が追加となり、セレモニーレディも増やす必要があるかもしれません。
筋書き通りにはいかない葬儀ですが、少しでもお客様の安心と納得のために、私どもでは見積もり時、考えられるあらゆる状況を想定し、その状況になった時の追加料金をしっかり説明いたしております。
結果、どう選択するかはお客様自身。
「追加料金なし」である事が理想です。

少しでも理想に近づけるよう精進してまいります。

葬儀社紹介業者からの葬儀依頼

1通の突然のメール。

葬儀社紹介業者が私どもの葬儀に対する姿勢、理念、実績に関心を持たれ、また共感されて送られてきたものでした。
"葬儀社を紹介する"と言う業種は少し前には存在しなかったのですが、今や葬儀社に不信な気持ちを持たれたお客様などが「いい葬儀社」とめぐり合う為の手段として利用される業種でもあります。

"葬儀社のプライド"でしょうか、正直、戸惑いました。
「お客様がどこをも経由せずに、直接葬儀社に依頼される事で紹介料を支払う事もなく、その分無駄な経費をかけずに済む」と考えている私どもにとっては、複雑な想いでした。
けれども「葬儀社より葬儀社紹介業者を信じて依頼する事の方が安心だ」と思われるお客様が増えてきている事は現実であり、また今のお客様の姿なのだと認めざるを得ない事でもありました。

正直に真面目に良心的に仕事をされている葬儀社もあれば、同業社として嫌悪感を覚える葬儀社もあるのも事実で、葬儀はやり直しがきかず、たくさんのお金を必要とするだけにお客様が、葬儀社選びに慎重になるのは当然であり最もな事だと思います。。

でも、やはり迷い悩みました。
とにかく先方と会ってじっくり話を聞き、それからどうするか決めるという事にいたしました。

ただ提携する最低条件として、先方の葬儀社紹介業者が、私どもと同業の「葬儀社」でない事。
もうひとつは、お客様から直接に紹介手数料をいただく事のない無料葬儀社紹介業者であってもビジネスであり仕事であり、決してボランティアではありません。
ですから、広告にもお金をかけ、スタッフもいる以上収益をあげ、その収入源となるのは、お客様を紹介された私ども葬儀社側で支払う紹介手数料であるのは承知しなければなりません。その支払うべき手数料が妥当なものであり、その金額はお客様に何ら影響を及ぼすこともなく、私どもへの直接依頼のお客様と全く同じ葬儀、同じサービスをさせていただく事ができる、それが可能となる紹介手数料の支払である事を条件としました。

特に、最近耳にする葬儀社紹介業とうたいながら、結局は自社で葬儀を執り行っていたり、あるいは規模の小さな葬儀は自社で、手に負えない大きな規模の葬儀は葬儀社紹介業として他社に紹介する。このような業者は"葬儀社に不信感を持つ方の為の手助け"と称するには程遠く、それこそ利益追求のみで、お客様を欺く行為であり、それならば決して提携はしないと決めておりました。

そして現在、その葬儀社紹介業者から相談をお受けしたお客様には、私どもへの直接依頼のお客様同様、私どものプランをご紹介し、またお客様よってはご予算や細かいご要望に沿ったご当家様独自のオリジナルのプランをお作りしご提案させていただいております。
この度の1通のメールがもたらしたご葬儀は、私どもを必要とされているお客様とのご縁を後押しされた形での結び付けではありましたが、これからも決め細やかな配慮を必要とされるお客様がいる限り、またひとりでも多くのお客様が納得いくご葬儀をされ「いい葬儀だった」と喜んでいただける為にも、葬儀社紹介業者からのご縁も含めて精一杯努めて参りたいと思っております。

※ 現在、新しいホームページの立ち上げに向けてご用意いたしました「全てのプラン」は「できうる限りのサービスをお客様に提供」尚且つ「葬儀費用も最大限抑えたものにする」との想いで作られておりますので、誠に申し訳ありませんが、葬儀社紹介業者からのご紹介による受付けは行っておりません。
ご了承くださいませ。

12月22日 予期せぬ大雪の中で

"今年の冬も暖冬"との予測は見事に覆され、この日は数日前からの冷え込みが手招きしたように、空からはちらほら雪が降り始め、子供の喜ぶ声と、雪を避け体を丸めて小走りに急ぐ大人との相反した光景が一日の始まりでした。

12月21日兵庫県西宮市山間部。
ホームページをご覧になられ事前に相談を承っていたお客様のお通夜が、ご自宅にて凍りつくような寒さの中で行われ"明日の11時開式、12時出棺"の式当日の天候を危ぶみながらも無事終えることができました。

そして一夜明けて、あの近畿では10年ぶりの厳冬と言われた大雪。

全ての交通機関はマヒし、早々と高速道路も閉鎖され、朝6時に出発したチーフスタッフは高速道路を降り、一般道から行く事を余儀無くされました。
同様に、司会担当のスタッフは、最初からノロノロ運転しか許されず、ただただ前に進むだけでした。
また、本部では主人が、スタッフ、セレモニーレディからの逐一の報告を受けながら、何とか11時の開式に間に合うよう的確な指示を飛ばしておりました。
お客様からは、外は吹雪いている事、そして駅に着いた親戚さえもタクシーが動かないために参列できない状況である事、またこの様な天候のため、会社関係の方の会葬はお客様の方から辞退された、との連絡をいただきました。

葬儀はやり直しが利かない1度だけのものであり、最後の故人とのお別れの重さや意味を知り尽くしているスタッフは皆、とにかく前へ少しでも前へとひたすら車を走らせていました。

苛立ちの中で刻々と時間は過ぎ、セレモニーレディ2名は開式に間に合うように到着。
この中に全てを心得、司会者同様式進行を知り尽くしているセレモニーレディがいた事で、とにかく開式は行えるとの安堵をもたらす事はできましたが、その頃お寺様は、開式の時間に間に合うよう、駅から3キロの長い道のりをひたすら歩き続けていたのです。

チーフスタッフは主人の指示どおりアイスバーン状態での運転を断念し、何とか霊柩車の会社までたどり着き、そちらに祭壇、葬具品を積んで帰る車を置き、会社の配慮で土地の事も迂回路も心得た霊柩車の横に乗せてもらいながら、時間との戦いの中、当家に向かっておりました。

違う道から向かっていた司会担当スタッフは、とにかく車はほとんど動かず、少し先も雪で見えずで、開式はおろか出棺にも間に合わない、当家到着は2時か3時との連絡で、進むには危険である事を感じた主人が引き返してくるよう指示をしたのですが、頑として受け入れず、間に合わないことを承知で「とにかく当家に向かう」との返事でした。

11時開式。
お寺様もいないまま、セレモニーレディ2人によって式は粛々と進み、予定通り12時の出棺。そして時計が12時を指した、とその時チーフスタッフが霊柩車と共に到着。

「よう来てくれた!ほんまに来てくれはってんね。」喪主様からの暖かい第一声でした。

結局、その日の火葬場での火葬の時間は、どのお家も遅れに遅れて、決して時間通りに行う事はありませんでした。

司会担当スタッフは2時頃当家に到着、司会の仕事をこなす事はできませんでしたが、祭壇、葬具品の撤収には間に合う事ができました。
また、ひたすら道を歩かれたお寺様は出棺に間に合わず、火葬場にて故人をお迎えされる事となり、火葬場に於いてその日初めてのお経をいただく事ができました。

「お父さんはきっと死ぬのが嫌で、この家から出たくなかったんでしょう。だからこんな大雪を降らせたのだと思います。」

「来て頂いただけで最高のお葬式でした。おたくに頼んで本当に良かった。」

大雪の為とはいえ、式がこのような形になってしまったのは、私どもの責任でもあるのにも関わらず、このようなありがたいお言葉をいただき、とても感謝していただけた事、そして霊柩車の会社を始め各業者が協力サポートしてくれた事、全てに感謝です。
また、スタッフの連携プレーと、強い職業意識と責任感の強さを改めて感じ、この度のご葬儀は私どもにとっても忘れる事のできないお葬式となりました。

町会との板ばさみ

多くの葬儀は、ご近所、町会、会社関係など色々な立場のさまざまな方の協力のもとに行われます。

お手伝いする内容は、葬儀式場となる地域会館や駐車場の手配、遺族の食事の世話、買出し、受付の手伝いなどです。
これらは、地域の取り決めや、式場がどこであるかによって関わり方に違いはありますが、当家の心身共の疲れを気遣い、細々した事まで配慮しお手伝いくださるのは、お互い様とは言えどれだけ当家にとってありがたいことかと思います。

特に町会長は、昼夜を問わず不幸ごとの連絡を受け、地域会館の確保や町会の方への連絡など、利害や損得のない奉仕活動には頭の下がる思いです。
そのような町会長は、どのお方も言葉のひとつひとつにご自身の豊かな経験を垣間見る事ができ、当家の気持ちを尊重され、出すぎず、余計な事は言わず、的の付いた内容でお話されます。だからでしょうか、町会の雰囲気も和やかに感じられます。

ところが「これは、ちょっと・・・」と思えるような町会長がいらっしゃるのも事実です。

今年の夏、突然「どこの葬儀屋さんもそうなのでしょうか」との言葉から始まる電話がありました。年配の女性の方で、この度ご自身が班長をされている町内で不幸事があり、その葬儀がもとで、当家と気まずい関係になってしまった、とおっしゃられるのです。

当家は、葬儀社を選ぶのに、病院から勧められた葬儀社が、寝台車で自宅まで搬送する間とても親切だったので、そこに葬儀を依頼しょうか迷っておられたそうです。
たまたま私どもの評判を聞いていたこの方が「いい葬儀屋さんがあるらしいよ」とお話されていた時に、町会長が来られ「この地域は決まった葬儀社があるから、他の葬儀社はダメだ」と強い口調で言われたというのです。
ですが、当家もこの方も、その葬儀社が古くからあると言うだけで価格が高く、内容も伴っていないと評判を聞いていたので、当家が「地域の会館を使わず、自宅で行うので葬儀社は自分で選ぶ」と拒否したらしいのですが、町会長は「それでも他の葬儀社はダメ」と突っぱねたそうです。
結局、この方は班長という自分の立場から、町会に楯突くわけにもいかず、当家をかばい切れないまま町会長の言う"町会指定の葬儀社"に依頼、で強引に決定。

けれども、これだけで話は終わらず、故人が料理店に働いていた関係で、故人も満足するだろうと通夜料理はそちらに手配し、時間になれば届くという段で、町会長が連れて来たのは"葬儀社専属の料理店"。
当家が「手配済み」との話をされたにも関わらず、前例を作りたくなかったのか、やはりそれも許さなかったそうです。

葬儀終了後、この方は「町会での立場とは言うものの、自分は何故もっと強く当家と同じように町会長に言わなかったのか。今となっては、当家が私に対して、町会に味方したからこうなったと思われているようで・・・心なしか以前のようではなく冷たくなったように思われる。公共の地域の会館であるにも関わらず、ここまで町会長の立場を利用し、特定の葬儀社だけを優遇するのは、何かあるとしか思えない、然るべき所に今から相談に行く」と、怒りをあらわに一気に話しをされました。

確かに私どもでも、地元や他市に於いて町会指定とうたっていただいている所もありますが、あくまでも葬儀社を選ぶのは当家。
ですから、当家の親族や友人に葬儀に携わる方がいたり、互助会に入っていたりなどが理由で、必ずしも毎回私どもに葬儀を依頼いただく訳ではありません。
だからと言って、私どもでは、その事に目くじらを立てる事もなく、葬儀業者として良識ある、わきまえた対応をしております。

このように、葬儀社を決めるにあたり、町会の関わり方は地域によってかなり違いがあります。
多くの町会は一切口をはさまず、当家が自由に葬儀社を選んでいます、もちろんそれが、当然と言えば当然なのですが・・・とは対照的に、「この葬儀社は昔から色々お世話になり、町会に寄付もしてくれているから」あるいは「どこの葬儀社かわからない所に頼む分けに行かない」などのさまざまな理由で、町会や町会長が葬儀社を指定する地域があります。
また、「純粋に町会の方を想っての事」と言いながら、町会長が変わるたびに指定の葬儀社が変わるのはどうした理由からなのか、と利害関係があからさまにわかる地域も。
中には、周りの方から、ご自宅が「葬儀御殿」と呼ばれている町会長もおられ、実際そこまで特定の葬儀社を強引に薦めるのであれば"葬儀社の代理店として看板もしくは案内板を出せばいいのでは"と思ってしまう程です。

本当に心豊かな町会長が、純粋に町会の方の事を考えお世話してくださる中で、このような町会長がいらっしゃると言う事は、本当に悲しい事です。

お葬式は悲しさ故に避けて通りたいものですが、身近に経験した事で、人との関わりや、尊い命の重みを知るきっかけにもなります。
実際、「お葬式がきっかけで、町会が少し詳しくなって、知り合いの方も増え挨拶も交わすようになった。」と言う地域住民の声を耳にしました。
また、「子供達が、ただただ横たわるだけの物言わぬ故人を見、周囲の深い悲しみと嘆きを見た事で命の重みや大切さを、身を持って知った」と言う、大人達の話も聞きました。

それに加え、社会で問題となっている子供達が受ける悲惨な事件。このような事に巻き込まれる事のないように子供たちを見守る地域の結びつきや、人々が安全に平穏に暮らすためのより一層の地域の力が必要となってきています。
それなのに現実は、それに逆行するかの様に、地元で葬儀を行う事をやめ、ご近所との関わりを避け、離れた所で葬儀を執り行った方、あるいはそれを望まれている方が非常に多くなってきています。

理由のひとつがこのような事であるのならば、早く町会関係者によって改善され、一人でも多くの方が地元で、地域で、気持ちよく思った通りの葬儀ができるように、変えていかなければならないと強く思います。
葬儀の形は当家の考えが反映されたものである事が大切、と町会が理解、尊重し、温かく見守っていただくようにと願うばかりです。

△ ページTOPへ戻る

Copyright © 2008 mori-sousai All Rights Reserved.